ヒトハ・フタバが迎える運命について、たくさんの意見や感想が飛び交うこの映画。
ヒトハ・フタバを待っているのは、永遠に暗い檻に入れられるだけの救いのない結末なのでしょうか。
セイレーンが最後2人を復讐のために追いかけて行ったことには異論はありません。
でも、この映画が「人魚の島」と呼ばれていることを考えると、少し別の読み方ができるかもしれません。
なぜ「セイレーンの島」ではなく「人魚の島」なのか。
その答えから探していきましょう。
まずこの映画、タイトルに違和感がありませんか?
「人魚の島のひみつ」
セイレーンが主役で人魚は食べられるだけ…は言い過ぎにしても、ストレートに持ってくるなら、人魚ではなくセイレーンになりそうではないでしょうか。
セイレーンの名に聞き馴染みのない人も一定数いるにせよ、知名度もあるこのセイレーンの伝説を持ってこないのは不自然ですし、あの島を「人魚の島」と形容するのも違和感があります。
なのになぜ人魚なのか。
人魚姫をベースにした物語になっているからです。
ヒトハ・フタバ視点で映画のあらすじを振り返りましょう。
・海で釣りをしていて、好奇心からセイレーンに近付き、事故に遭う
・片割れを助けるために魂を失う(※)
・電池式の体になる代わりに永遠の命を得る
・セイレーンに罪を告白できない
・体ピッタリの檻に入れられずっと暗いところで永遠を味わう
※ヒトハ・フタバが電池式のからだになることを、ここでは電池=魂のモチーフとして読んでいます。そのため、電池式のからだになることは、つまり魂を失い機械化されたからだになるという訳です。
(詳しくはこちら:ヒトハ・フタバはいつ「鬼」になった?単三電池と鬼カレーから読む罪と罰)
これが、人魚姫だと、0
・海から出て好奇心か王子様に近付き、恋に落ちる
・王子様に会うため声を失う
・声の代わりに足を得る
・声がなく自身のことをあの日会った人魚だったと告白できない
・泡になって消える
となって対比構造になっています。
原作では、ラストのセイレーンが追いかけてくるシーンの直前の扉絵として、「いつまでもね」とともに海の中の泡のようなものが描かれています。
それまできれいに人魚姫のストーリーをなぞっていたのに、最後の最後だけ、泡になって消える人魚姫のはずが、永遠の命を味あわされる、その反転構造がものすごく効いています。
人魚と、電池式の人形とダジャレにもなっていようにも読めますね。
ここまでくると、冒頭のちいかわ達が島に来た時の船までが意味を持ち始めます。
アヒルの形をしたかわいい船。
ただの船ではありません。映画ポスターにまで描かれたのはなぜでしょう?
人魚姫のお伽話まで運ぶおもちゃの船になっているからです。
ちいかわ達は、海を超え、このダークファンタジーの世界へ踏み入れるための構造として、おもちゃのアヒルの船が配置されているのではないでしょうか。
そして、人形の人魚姫たちのひみつに触れる。
だからこその「人魚の島のひみつ」なんですね。
アヒルの船に乗って帰る途中、ハチワレは「あの島、いつかまたみんなで行けるかな」と言います。
また行きたいね!ではなく、やけに重たいセリフです。
そこには、簡単には行けないお伽話の島だということがなんとなく伝わっているような空気もありますね。
そして最後に、モモンガが「永遠を手に入るところだったのに…まっ檻に入れられて暗いところじゃ意っ味ないからなッ」と言っているシーンに鳥が2羽飛んでいます。
これ、見逃していたのですが、ヒトハフタバが死んだのではという考察を見てハッとしました。
人魚姫のラスト、ご存知ですか?
泡になって消えるのではありません。
その後、空気の精になって永遠の命を得るのです。
人魚のお姫さまは、そのものたちと同じように、自分のからだも軽くなって、あわの中からぬけ出て、だんだん上へ上へとのぼっていくのを感じました。
「どなたのところへ行くのでしょうか?」と、お姫さまはたずねました。
その声は、あたりにただよっている、ほかのものたちと同じように、美しく、とうとく、ふしぎにひびきました。それは、とてもこの世の音楽などでは、まねすることもできません。
「空気の娘むすめたちのところへ!」と、みんなが答えました。「人魚の娘には、死ぬことのない魂というものがありませんね。人間に心から愛されなければ、どんなにしても、それを持つことができません。人魚がいつまでも生きていられる命を得るためには、ほかのものの力にたよらなければならないのです。空気の娘たちにも、やっぱり、死ぬことのない魂はありません。けれども、よい行いをすれば、やがてはそれをさずかることができるのです。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen 矢崎源九郎訳 人魚の姫
これってヒトハ・フタバと完全に重なりませんか?
2人は檻に入れられ良い行いをすることは叶わないかもしれませんが、鳥は、空気の精になった人魚姫を想起させるものなのではないでしょうか。
そうすると、ヒトハ・フタバの魂は、いつか空気の精としての救済が待っているのかもしれませんね。
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